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山口地方裁判所下関支部 昭和56年(ワ)17号 判決

主文

一  被告らは、連帯して、原告遠藤始に対し、金四一九万七九四五円及びうち金三九九万七九四五円に対する昭和五五年八月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、連帯して、原告遠藤博子に対し、金三六三万五三三〇円及びうち金三四三万五三三〇円に対する昭和五五年八月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの連帯負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告遠藤始(以下、原告始という。)に対し、金七四一万九七一二円及びうち金七二一万九七一二円に対する昭和五五年八月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、連帯して、原告遠藤博子(以下、原告博子という。)に対し、三六七五万七八一二円及び金六五五万七八一二円に対する昭和五五年八月三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (事故の発生)

訴外遠藤礼亮(以下、訴外礼亮という。)は、次の交通事故により死亡した。

(一) 発生時 昭和五五年八月二日午後〇時三五分項

(二) 発生地 山口県下関市大字楠乃字上長谷二〇九九の一下関菱光コンクリート株式会社前

(三) 加害車 大型貨物自動車(T四一―二五九九五〇六、山口八八ち四三六)

所有者 被告下関菱光コンクリート工業株式会社(以下、被告会社という。)

運転者 被告永岡和夫(以下、被告永岡という。)

(四) 被害者 訴外礼亮

(五) 態様 訴外礼亮は、自転車に乗つて走行中、事故発生地において転倒した際、同所を左折進行してきた加害車にひかれて死亡した。

2  (責任原因)

被告らは、それぞれ、次の理由により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

(一) 被告永岡は、不注意にも転倒していた訴外礼亮を看過して、加害車を漫然と左折進行させた過失により本件事故を発生させたものであるから民法七〇九条の責任

(二) 被告会社は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条の責任

3  (損害)

(一) 葬儀費

原告始は、訴外礼亮の事故死に伴ない、その葬儀のため、金六六万一九〇〇円の出捐を余儀なくされた。

(二) 慰藉料

訴外礼亮は、原告ら夫婦の三人の子供のうち、唯一の男子であり、原告らは、同人の将来に大きな期待を寄せていたが、本件事故により、これを無惨にも打砕かれ、原告らの被つた精神的苦痛は甚大であり、その精神的苦痛を慰藉するには、原告ら各自に対し、金五〇〇万円ずつ(合計金一〇〇〇万円)の支払いが相当である。

(三) 訴外礼亮の逸失利益

訴外礼亮が本件事故死により喪失した得べかりし利益は、次のとおり、金二二四五万五六二五円と算定されるところ、原告らは、同人の両親として、それぞれ右損害賠償請求権を二分の一ずつ相続した。

(1) 死亡時 訴外礼亮は、昭和四一年五月一五日生れの満一四歳、中学校二年生在学中の男子

(2) 稼動可能年数 満一八歳から満六七歳までの四九年間

(3) 年収 金三〇〇万四七〇〇円(但し、賃金センサス昭和五三年度第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者の年収)

(4) 控除すべき生活費 収入の五割

(5) 中間利息の控除 ライプニツツ式計算

300万4700円×(1-0.5)×14.947=2245万5625円

(四) 損害のてん補

原告らは、自賠責保険からそれぞれ金九六七万円(合計金一九三四万円)の支払いを受け、これを、本件事故による損害に充当した。

(五) 弁護士費用

以上により、原告始は、金七二一万九七一二円を、原告博子は、金六五五万七八一二円を被告らに請求しうるものであるところ、被告らは、その任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件原告ら訴訟代理人にその取立を委任し、原告らは、その報酬として、それぞれ金二〇万円(合計金四〇万円)の支出を余儀なくされた。

よつて、被告らに対し、原告始は、本件損害賠償債金七四一万九七一二円及びうち金七二一万九七一二円に対する本件事故の翌日である昭和五五年八月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告博子は、本件損害賠償金六七五万七八一二円及びうち金六五五万七八一二円に対する本件事故の翌日である昭和五五年八月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、いずれも連帯して支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は、いずれも認める。

2(一)  同2(一)の事実は否認し、主張は争う。

本件事故は、本件事故発生地付近で、自転車に乗つた訴外田場芳秀(以下、訴外田場という。)が、加害車の左折進行を待つため一時停止していたところに、自転車に乗つた訴外礼亮が下り勾配のため相当加速度のついた状態でブレーキをかけることなく前方、左右を十分注意せず進行して、訴外田場の自転車に追突し、その反動で交差点内の道路中央寄りに飛び出し転倒したため発生したものであり、被告永岡は、加害車が国道中央線を越えないよう注意して左折しており、右自転車の追突事故及び訴外礼亮の転倒は、加害車(大型ミキサー車)の左側で死角に当るため確認できず、右のような突発事故の発生は予見不能であるから、被告永岡には何らの過失がない。

(二)  同2(二)の事実は認める。

3  同3の事実のうち、(四)の事実は認めるが、その余の事実はいずれも否認し、主張は争う。

三  抗弁

仮りに、被告永岡の加害車の運転行為に何らかの過失があつたとしても、本件事故の発生には、請求原因に対する認否2(一)で主張したような訴外礼亮の過失も寄与しているのであるから、損害賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認し、主張は争う。

被告永岡は、加害車を左折する際には、大型車特有の死角が生じること及び訴外礼亮が、本件交差点に向けて進行してきていることを認識していたのであるから、被告永岡が、訴外礼亮の自転車の動向に十分注意をしていれば、本件事故の発生は、未然に防止できたものである。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、被告永岡の責任原因の有無について検討する。

成立に争いのない乙第六ないし第一一号証、第一三、第一四、第六及び第一七号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  本件事故の発生地は、被告会社敷地から、同社敷地の西方を南北に走る国道二号線(以下、国道という。)への通路である市道が、右国道と、T字型に交差している交差点(以下、本件交差点という。)であり、市道は、幅員五・七メートルであるが、国道と交差するところでは、幅員一七・七メートルに広がつており、国道下り車線(関門トンネル方面行)の車道は幅員三・一メートルであるが、さらに、幅員二・五メートルの路側帯が設けられており、車道と路側帯の間には、白ペイントの境界線が表示されている(右境界線は、本件交差点内には表示がない)。本件交差点には、信号機は設置されていない。また、国道は、本件交差点付近において、南方から北方へ向つて、ゆるやかな下り勾配となつている。

2  被告永岡は、加害車を運転して、被告会社から市道を直進して、国道下り車線に左折して進入するに際し、本件交差点手前の市道上で一旦停止し、左右の確認をしたところ、国道下り車線は、加害車から約七五メートル北方の普通自動車が同車に最も近い車であり、国道上り車線(長府町方面行)は、加害車から約五二メートル南方の普通乗用車が同車に最も近い車であつた。

3  被告永岡は、この時、国道下り車線の路側帯を訴外礼亮運転の自転車が、本件交差点の方へ向つて進行して来るのを、加害車から約三四メートル南方に認めた。

4  被告永岡は、右の確認により、安全に、国道下り車線に左折進入できると判断し、その後は、訴外礼亮運転の自転車の動向には全く注意を払わずに、国道下り車線の車両の動きと、加害車が国道中央線を越えないよう運転するためのハンドル操作に注意して時速約一五キロメートルで左折を開始した。

加害車は、大型貨物自動車であり、前方及び左横方向には広範な死角(運転席から見えない部分)があり、運転席からは、真横方向でも、左側は、約六メートルまでが死角となる。

5  右交差点の南端部分の路側帯には、訴外田場運転の自転車が加害車の進行を待つて一時停止していたところ、前記訴外礼亮運転の自転車が訴外田場の自転車に追突し、その衝撃により、訴外礼亮は、左前方路上に飛び出し、加害車の左後輪の前方付近に転倒した。

6  被告永岡は、訴外礼亮が、加害車の進路上に転倒したことに気付かないまま、加害車の左折進行を継続したため、加害車の左後輪で同人を轢過し、そのため、同人は、同所において、頭蓋骨粉砕骨折脳挫滅により死亡した。

以上の事実が認められ、右認定に反する被告永岡の供述を記載した乙第三五及び第三七号証(いずれも成立に争いがない。)並びに被告本人の供述は、容易に措信できず、他に、右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、加害車を運転していた被告永岡は、自動車運転手として訴外礼亮運転の自転車の動向を注視してその安全を確認して加害車を進行させるべき注意義務を有しているのに、国道下り車線の北方の安全確認及び国道中央線を越えないようハンドル操作をすることに気をとられるのあまりこれを怠り、訴外礼亮運転の自転車の動向に全く注視を払わないまま漫然と左折進行した過失により本件事故を惹起したものと言うべきであるから、本件事故につき、不法行為者として、民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負わなければならない。

なお、被告らは、本件事故は予見不能であるから、被告らに責任はない旨主張するが、右認定のとおり、被告永岡は、本件交差点において一時停止した際、訴外礼亮運転の自転車が加害車の方へ向つて進行して来るのを確認しているのであるから、被告永岡が、加害車を左折進行させるについて、訴外礼亮の動向に注意を怠らなければ、本件事故の発生を回避できたものと考えるのが相当であり、加害車のように、大型貨物自動車特有の死角が生じる場合には、なお一層、死角になる付近への歩行者、車両の動向に注意すべきものであるから、被告らの右主張は失当である。

三  次に、被告会社の責任原因の有無について検討するに、加害車を所有し、運行供用者の地位にあることを争わない被告会社は、運転手たる被告永岡に、前記のとおり過失が認められる以上、免責される余地なく、本件事故につき、運行供用者として、自賠法三条に基づく損害賠償責任を負わなければならない。

四  次に、被告らは、本件事故の発生について、訴外礼亮にも、過失があつた旨主張するので、この点について検討する。

前記認定の事実によると、訴外礼亮は、自転車に乗つて進行中、訴外田場が、加害車の左折進行を待つため一時停止しているところに、下り勾配のためある程度加速度のついた状態で加害車及び訴外田場の自転車の動向に注意して、適切な減速停止措置を講ずることなく進行したため、訴外田場運転の自転車に追突し転倒したことが推認されるから、被害者である訴外礼亮にも、本件事故発生について自転車運転手として遵守すべき前方注視及び安全運転の義務を怠つた過失があり、右過失も、本件事故の発生に寄与しているものと言うべきである。

そして、本件事故における被害者たる訴外礼亮の右過失を斟酌すると、被告らは、原告らに対し、相当の損害額のうち、八割五分に当る金員を賠償すべきものと判断するのが相当である。

五  次に、本件事故により、訴外礼亮及び原告らが被つた損害につき検討する。

1  葬儀費

原告博子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告始は、訴外礼亮の父に当る者であるが、訴外礼亮の本件事故による死亡に伴ない、原告始が主催してその葬儀をとり行ない、葬儀当日の諸費用のほか、法事費用、祭壇等の購入費として、少なくとも金六六万一九〇〇円の出捐を余儀なくされたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、右の葬儀費用金額は、訴外礼亮及び原告始の社会的地位、身分に照らして、社会通念上考えられる訴外礼亮の事故死に伴なう葬儀費用としては、相当の範囲内のものと考えられるから、右金六六万一九〇〇円は、本件事故による原告始の損害とするのが相当である。

2  慰藉料

成立に争いのない乙第一二及び第三四号証、原告博子本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告らは、本件事故により、唯一の男児である訴外礼亮を一四歳という若さで失い、その精神的苦痛は、甚大であることが認められ、右認定に反する証拠はないところ、原告らの精神的苦痛を慰藉するためには、諸般の事情に照らし、各原告につき、それぞれ、金四五〇万円(合計金九〇〇万円)をもつて相当と判断する。

3  逸失利益

成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一、二、前掲乙第一二及び第三四号証、原告博子本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、訴外礼亮は、原告らの長男として、昭和四一年五月一五日に生れ(死亡当時満一四歳)、中学校二年生に在学中の健康な男児であつたこと及び訴外礼亮は、中学校卒業後、少なくとも高等学校に進学し、これを卒業した後、就職するであろうことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、労働省が昭和五三年に実施した賃金構造基本統計調査によれば、同年度における高等学校卒業の男子労働者の全年齢を通じた年間平均給与額(産業計、企業規模計)は、年間賞与その他の特別給与額も含めて金二九二万一八〇〇円であることは公知の事実であり、他に、特段の事情も認められないから、稼働可能年数については、平均余命の範囲内で、満一八歳から満六七歳までの四九年間、中間利息の控除は、ライプニツツ式係数を用いることとし、生活費として五割を控除し、訴外礼亮の逸失利益を計算すれば、次のとおり、金二一八三万六〇七二円となる。

292万1800円×(1-0.5)×14.947=2183万6072円

また、弁論の全趣旨によれば、原告らは、訴外礼亮の相続人の全部であり、原告らは、いずれも親であることが認められ、右認定に反する証拠はないから、原告らは、それぞれ相続分に応じ、二分の一ずつ右訴外礼亮の損害賠償請求権を相続したことになるところ、その額は、原告らそれぞれ金一〇九一万八〇三六円となる。

4  そうすると、本件事故と相当因果関係のある原告始の損害額は、金一六〇七万九九三六円、原告博子の損害額は、金一五四一万八〇三六円となるところ、既に、認定判断した被害者訴外礼亮の過失の斟酌割合によれば、被告らは、原告始に対し、金一三六六万七九四五円を、原告博子に対し、金一三一〇万五三三〇円を連帯して賠償すべきものになる。

5  請求原因3(四)の損害のてん補については、当事者間に争いがないから、第4項で認定判断した原告らの被告らに対する損害賠償請求権は、それぞれ金九六七万円(合計金一九三四万円)の限度で、既にてん補されていることになる。

6  以上によれば、原告始は、金三九九万七九四五円を、原告博子は、金三四三万五三三〇円を、それぞれ、被告らに対し連帯しての支払いを求めうるところ、前掲乙第一二及び第三四号証並びに弁論の全趣旨によれば、被告らは、その任意の支払いをなさなかつたので、原告らは、やむなく、弁護士である本件原告ら訴訟代理人にその取立を委任し、弁護士会所定の報酬の範囲内で、原告らは、それぞれ金二〇万円(合計金四〇万円)の報酬支払いを余儀なくされたことが認められ、右認定に反する証拠はない。しかして、本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと、右金額の支出は、本件事故と相当因果関係のある損害と言うべきである。

六  以上によれば、原告始の請求は、本件損害賠償金四一九万七九四五円及びうち金三九九万七九四五円に対する本件事故の翌日である昭和五五年八月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告博子の請求は、本件損害賠償金三六三万五三三〇円及びうち金三四三万五三三〇円に対する本件事故の翌日である昭和五五年八月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ被告らに対し連帯して支払うことを求める限度で理由があるから、これを認容し、原告らのその余の請求は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき、同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥田隆文)

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